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福井簡易裁判所 昭和29年(ハ)219号 判決

原告 中村神社

被告 福島彌五郎

主文

被告は原告に対し金五万円及びこれに対する昭和二十九年十二月二十九日より右金員完済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告その余を被告の負担とする。

原告のその余の請求は棄却する。

この判決は原告勝訴の部分にかぎり原告において金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し、金七万四千四百五十円及びこれに対する昭和二十九年十二月二十九日より右金員完済に至るまでの年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は元村社であつたところ宗教法人法施行(昭和二十六年四月三日)前はその所有する境内地を自己名義で土地台帳に登録する法がなかつたので原告所有の境内地である坂井郡本郷村中十七字奥谷三十三番山林三反六畝十八歩(以下本件山林と略称する。)を当時氏子総代の一員であつた被告の先々代の名義として登録した、そしてこの間原告は、被告に賦課されてきた公租公課は毎年清算して被告に支払つており、又原告が宗教法人法施行後同法に基き法人設立の手続をするについて主務官庁に提出する財産目録に本件山林を原告の所有地として届出ることに被告も総代の一員として同意していたのである、したがつて被告は、本件山林が被告の先々代名義になつていたが真実は原告の所有地であることを充分に知つていたにもかかわらず、故意にこれを否認し、昭和二十九年五月六日被告名義で所有権の保存登記をしたので原告は右登記を原告名義に変更するよう請求したが被告はこれを拒絶した、よつて原告はやむを得ず同年九月八日福井弁護士会所属弁護士堤敏恭に依頼して被告に対し所有権移転登記請求の訴(当庁昭和二十九年(ハ)第一二五号事件)を提起した、そして右事件は前後三回の口頭弁論を経て結局被告は原告の請求を認諾したのである、以上のように原告は前記被告の不法行為により次の損害を受けた、イ、右堤弁護士に支払つた手数料及び謝金六万五千円、ロ、原告代表者等が右訴を提起する準備及び右事件の口頭弁論期日に傍聴のため本郷村から福井市に出張するに要した旅費及び日当合計金九千四百五十円、(内訳、原告代表役員久津見治郎左エ門に片道乗合自動車賃金三百五十円、(片道金七十円、五回分)同責任役員奥田喜太郎、同朝倉高根及び区長前川平右エ門にそれぞれ往復乗合自動車賃金七百円「往復金百四十円、五回分」計金二千百円並びに右四名に日当として金七千円、『一人一日につき金三百五十円、「この金額は本郷村の慣習による」五回分』)、よつて右損害金合計金七万四千四百五十円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十九年十二月二十九日から右金員完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実の内、本件山林が被告の先代名義であつたこと及び被告が本件山林につき所有権の保存登記をしたこと並びに堤弁護士が原告の代理人として、被告に対し、本件山林につき所有権移転登記請求の訴を提起し、その事件について被告が原告の請求を認諾したことはいずれも認めるがその余は全部否認する、被告は原告が本件山林の所有権を有することを否認したことはない、又所有権移転登記手続についても直ちにこれをしなかつたことはあつたが拒否したことはない、前記所有権移転登記請求事件においても被告は当初から原告の所有権を認めており不法に争つたことは全くない、被告が本件山林につき所有権の保存登記をしたのは被告が先代の名義になつていた被告の所有する不動産の相続登記をするときに誤つてしたものであるが、このこと自体は、原告に本件山林の所有権移転登記をするためにも必要の行為で何等違法の行為ではない、又仮りに原告主張のように被告が本件山林につき所有権移転登記をすることを拒否したとしてもそれは結局債務不履行の問題で不法行為にはならないと述べた。〈立証省略〉

理由

成立に争いがない甲第二、三号証、乙第六、七号証並びに証人前川平右エ門(第一回)同奥田喜太郎、同朝倉高根、同堤敏恭、同酒井正一、同福島弥三郎の各証言及び原告代表者本人訊問の結果を綜合すると、原告は明治九年頃その所有する境内地である本件山林を被告の先々代福島弥三右エ門の名義で土地台帳に登録しておいたところ、被告は右の事実を知つていたにもかゝわらず不注意にも昭和二十九年五月六日被告の先代名義であつた被告所有の不動産の相続登記をするとき間違つてその不動産と共に本件山林の所有権保存登記をしたこと及びその後原告は被告が右保存登記をしたことを知り、本件山林の登記を原告の名義にするため、再三にわたり被告と交渉したが被告は何等法律上の理由がないのにかゝわらず感情の問題からこれを拒絶し、原告の所有権を否認する言動をなすに至つたので原告は本件山林の登記簿上の名義を取得するため、福井弁護士会所属弁護士堤敏恭を代理人として所有権移転登記請求の訴を提起したことが認められる、(この事実の内、本件山林は原告の所有であつて被告の先代名義で登録されていること及び被告が本件山林の所有権保存登記をしたこと並びに原告は堤弁護士を代理人として被告に対し前記訴を提起したことは当事者間に争いがない。)証人福島弥三郎の供述中前記認定に反する部分は措信しない。被告は原告の移転登記手続の請求を拒絶したという事実があつてもそれは債務不履行の問題であると述べているから右認定した事実にもとずき被告の行為が不法行為に該当するか否かの点について考察しよう、不法行為は故意又は過失にもとずく違法な行為により他人に損害を与えることによつて成立するのであるが、具体的には如何なる場合がこゝでいう違法な行為に当るかということは、個々に発生した侵害行為の態容と被侵害利益との関係において把握されなければならない、本件のように実質上の権利が存在しないのに、過失により所有権の保存登記をした場合、その保存登記自体は登記の有効要件を欠き、実質上無効の登記であるが、登記簿上形式的な効力は存在しており、所有者はその登記を抹消しないで同一の不動産につき所有権の保存登記をすることはできない、よつてこのような場合は真実の権利状態と登記簿上の記載とを一致させるため、所有者は表見上の登記名義人に対して、その登記の抹消又は移転手続を請求することができるのであつて、このことは所有者が登記簿上の名義を回復し、その利益を享有するためにも必要である、したがつてこのために要した費用は違法な登記をしたという原因にもとずくものであるから不法行為による損害としてその賠償を請求できるものと考えられる、これを本件の場合について見れば、被告は本件山林の所有権を有せず且つこのことを知りながら過失により所有権の保存登記をなした上、何等法律上の理由がないのに原告の再三にわたる交渉にも応ぜず且つ移転登記手続の請求を拒絶したので原告は前記訴訟を提起するに至つたのであるから、このために要した費用は前述のように被告の不法行為にもとずく損害としてその賠償を請求できるものである。被告は本件山林につき、所有権の保存登記をすること自体は、原告に移転登記をするためにも必要の行為であるというが、被告は当初から本件山林の所有権を有しないのであるから、このような場合は土地台帳の登録を修正するか、又は所有権確認の判決によつて原告名義に保存登記をするのが通常の方法であつて、原告が被告に対し移転登記の請求をしたのは既に被告が保存登記をしたので真実の権利状態と一致させるため移転登記手続の方法をとつたに過ぎないものと解する。

次に原告主張の損害額について判断するに証人堤敏恭、同前川平右エ門(第二回)の各証言よつて真正に成立したものと認められる甲第四号証の一乃至三、同第八号証及び証人堤敏恭の証言によると、原告は前記訴訟を提起したことにより堤弁護士に手数料として金一万五千円、謝金として金五万円並びに原告代表者外三名に同人等が右訴訟準備及び口頭弁論期日に傍聴するため、本郷村から福井市に出張するに要した旅費として金二千四百五十円及び日当として金七千円、(旅費及び日当の内訳は原告主張のとおり、)をそれぞれ支払つたことが認められる。

よつて右費用は被告の不法行為と相当な因果関係の範囲内のものであるか否かについて考察するに、右手数料は、通常の場合訴訟手続上必要の経費を支弁するための費用であつて法定の訴訟費用を包含しているものと解せられる、法定の訴訟費用についてはその確定決定にもとずいて請求すべきものであるから右手数料の内、右訴訟費用を超過する分を示し、その使途を明らかにする必要があるのに原告はこの点について何等の主張及び立証をしないので右手数料は被告の不法行為によつて通常生ずべき損害であると認めることはできない。

次に右謝金は法定の訴訟費用にはならないけれども現在の民事訴訟において、弁護士に訴訟行為を委任することは通例のことであるからこれに支払つた謝金の内、事件の難易、訴訟物の価格等を考慮して相当な額は右相当因果関係の範囲に属するものと考える、成立に争いがない乙第一乃至四号証によると、前記訴訟は比較的簡単に終了しているのであるが、証人堤敏恭の証言によると、本件山林の訴訟物の価格は約金百万円であることが認められるので謝金五万円は不相当に多額であるとは考えられない、よつて原告のこの点に関する請求は理由がある。次に原告代表者等に支払つた前記訴訟準備及び口頭弁論期日に傍聴するための費用については、本件のように弁護士に訴訟行為を委任した場合には通常生ずべき損害とはいわれないのでこの点に関する原告の主張は失当である。

以上のとおりであるから被告は原告に対し金五万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十九年十二月二十九日(この点は本件記録上明らかである)から右金員完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある、よつて原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言については同法第百九十六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決をした。

(裁判官 島原清)

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